8. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン開発状況
Nature誌 News Feature(2020.4.28)
The race for coronavirus vaccines: a graphical guide
新型コロナウイルスに対する免疫獲得のための8つの手法
今、世界中の企業や大学の研究チームによって新型コロナウイルス感染症に対するワクチンが90個以上も開発中です。既に開発中の少なくとも6つのグループは、安全性試験で人への投与を開始しています。他のグループは動物での試験を開始しています。
Natureのグラフィカルガイドでは、各ワクチンのデザインについて解説しています(図1)。
図1の説明:
コロナウイルス感染
コロナウイルスは、ウイルス表面にあるスパイクタンパク質を利用してヒト細胞の表面にあるACE2受容体に結合します。そして、内部に入るとヒト細胞によってウイルスRNAが翻訳されて、より多くのウイルスが複製されます。
免疫応答
抗原提示細胞(APCs)はウイルスを貪食し、分解してその一部(抗原)を活動性ヘルパーT細胞に提示します。抗原提示されたヘルパーT細胞は他の免疫応答を活性化させます。B細胞はウイルスが細胞に感染するのを阻止し、ウイルスを破壊する様に目印をつけることが出来る抗体を作製します。細胞障害性T細胞は目印がついた、ウイルスに感染した細胞を識別して破壊します。
ウイルスを認識する記憶細胞(B細胞またはT細胞)は、数ヶ月または数年間、カラダの中を巡回し、免疫を維持させます。
新型コロナウイルスのワクチンの開発手法
ヒトのカラダは、免疫機能によって新型コロナウイルスなどの新しい病原体の侵入を認識して学ぶことができます。全てのワクチンは、病気を引き起こさないようにした抗原(弱毒化または不活化させたワクチン)を予め、ヒトのカラダに接種します。そうすることで、ウイルスなどの病気に感染した際に、ウイルスを素早くブロックまたは殺すことができる免疫機能を獲得することができます。
現在、新型コロナウイルスのワクチンとして少なくとも8つのタイプを開発中です(図2)。
図2の説明:
橙のボックス:不活化ワクチン(上)、弱毒化ワクチン(下)。緑のボックス:複製するタイプのベクターワクチン(上)、複製しないタイプのベクターワクチン(下)。青のボックス:DNAワクチン(上)、RNAワクチン(下)。赤のボックス:タンパク質サブユニットを含むワクチン(上)、ウイルス様粒子ワクチン(下)
*その他の開発中ワクチンには、ポリオウイルスまたは結核に対する既存のワクチンが(特定の病気に対する免疫ではなく)一般的な免疫応答を誘発することによって新型コロナウイルスと戦うことができるかどうか、または特定の免疫細胞がウイルスを標的とする様に遺伝子組み替えができるかどうかの試験が含まれています。
ウイルスワクチン
現在、少なくとも7つのチームがウイルスを弱毒化または不活化した形でワクチンを開発中です(図3)。麻疹やポリオに対するワクチンなど、多くの既存のワクチンはこの手法によって作られていますが、広範囲な安全性試験が必要になるデメリットがあります。北京のSinovac Biotech社は、既に新型コロナウイルスに対する不活化ワクチンの効果について人での試験を開始しました。
図3の説明:
弱毒化ワクチン
ウイルスは通常、動物細胞やヒト細胞を用いて病気を引き起こしにくくなる様に突然変異させ、ワクチン用に弱毒化させます。ニューヨーク州のファミングデールにあるCodagenix社は、インドのプネーでワクチン製造をしている血清研究所と協力し、ウイルスタンパク質の生産効率が低下する様に遺伝子を改変させ、新型コロナウイルスの弱毒化を試みています。
不活化ワクチン
不活化ワクチンは、ウイルスをホルムアルデヒドや熱、化学物質を使用して非感染性(不活化)させます。ただし、これらのワクチンを作製するには、大量の感染性ウイルスから始める必要があります。
ウイルスベクターワクチン
ウイルスベクターワクチンに関しては現在、約25のグループが開発に取り組んでいます。ウイルスベクターワクチンは、体内で新型コロナウイルスタンパク質を産生できるように遺伝子操作されています。ウイルスは弱毒化されているため、病気を引き起こすことはありません。ウイルスベクターワクチンは、細胞内で複製できるタイプと、主要な遺伝子が無効化されて複製できないタイプの2つがあります。
図4の説明:
複製するタイプのウイルスベクター(弱毒化麻疹ワクチン)
新たに承認されたエボラワクチンは、細胞内で複製するタイプのウイルスベクターワクチンの一例です。複製するタイプのウイルスベクターワクチンは、安全で強い免疫反応を誘発する傾向があります。しかし、ベクターに対する既存の免疫はワクチンの有効性を鈍らせる可能性があります。
承認されたワクチンでこの手法は使われていませんが、これらの遺伝子治療に関しては長い歴史があります。また、免疫を長く持続させるにはブースターショット(追加接種)が必要になる場合もあります。米国に拠点を持つ大手製薬会社のジョンソン&ジョンソンはこのワクチンの開発に取り組んでいます。
核酸ワクチン
核酸ワクチンについては少なくとも20のチームが、DNAまたはRNAを利用してコロナウイルスタンパク質に対する免疫応答を促すような遺伝的指示を持った核酸ワクチンの開発に挑戦している。核酸はヒトの細胞に挿入され、ウイルスタンパク質のコピーが作成されます。これらのワクチンのほとんどはウイルスのスパイクタンパク質をコードしています。
図5の説明:
新型コロナウイルスのスパイクタンパク質がコードされたDNAワクチンは、電気穿孔法と呼ばれる手法により細胞膜に細孔を開け、細胞内へDNAを取り込ませます。一方、RNAワクチンの多くの場合は、脂質で覆われているため、細胞内に入ることができます。
RNAまたはDNAベースのワクチンの生産に必要なのは遺伝物質であるRNAまたはDNAだけなので安全で開発が容易なメリットがります。しかし、核酸ワクチンは新しいワクチンでまだ一つも承認されていない問題点があります。
タンパク質ベースのワクチン
多くの研究者は、コロナウイルスタンパク質(ウイルスの外皮を模倣した断片化タンパク質またはタンパク質シェル)を直接体内に接種する方法を試みています。
図6の説明:
タンパク質のサブユニット
28のチームがは、ウイルスのスパイクタンパク質またはその主要部分である受容体結合ドメインを含むワクチンの開発に取り組んでいます。SARSウイルスに対する同様のワクチンはサルの感染を防ぎましたが、ヒトではまだ確認されていません。また、このワクチンが効果を示すには、抗原免疫増強剤(アジュバンド)と複数回の投与が必要になるかもしれません。
ウイルス様粒子
空のウイルスシェルはコロナウイルスの構造を模倣しているだけで遺伝物質(RNA)がないため感染性はありません。5つのチームは「ウイルス様粒子」(VLP)ワクチンの開発に取り組んでいます。これは強力な免疫応答を期待できる代わりに製造が難しい場合があります。
ワクチン開発の歩み
臨床試験は、動物と人を対象とした小規模な安全性試験から始まり、その後、ワクチンが免疫反応を引き起こすかどうか、効果を判断するための大規模な試験を行います。研究者らはいち早くワクチンを開発できるように取り組み、18ヶ月以内にワクチンを準備できるように努めています。
図7の説明:
北アメリカ、中国、ヨーロッパ、オーストラリアと他のアジアにおけるワクチン開発数(主要なグループ)。⬛︎公的組織または非営利組織、⬛︎大学、⬛︎民間企業または産業
引用文献: