7-2. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19):現在進行中の治験薬に関するレビュー
現在、既存の抗ウイルス薬がCOVID-19治療に効率的であると言う十分な証拠はありません。しかしながら、現在、COVID-19に効くかもしれないと言われているいくつかの抗ウイルス剤などで臨床試験が行われています。
治療法は、大きく分けて2つに分類できます。
上記の薬のほとんどは、もともと他の病原体のために開発された治療薬で、COVID-19の臨床試験にすぐに転用することができます。同時に、新型コロナウイルスに対して特異的に作用する特定のワクチンと抗体をテストするために、いくつかの臨床試験が開始されています。ここでは、新型コロナウイルスの治療につながる可能性がある現在進行中の臨床試験についてまとめました(図)。
1-1. RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤
1-1-1. レムデシビル(米ギリアド)
1-1-2. ファビピラビル(一般名称:アビガン)
レムデシビルと同様に、富山化学によって開発されたファビピラビル(アビガン)は、内因性グアニンに構造が似ていることにより、RNA依存性RNAポリメラーゼの阻害剤として機能します。競合阻害により、ウイルス複製の効果が大幅に低下すると考えられています。インフルエンザの治療法として承認されていますが、レムデシビルと比較して、ファビピラビル(アビガン)は新型コロナウイルを治療する前臨床サポートは確立されていませでした。にもかかわらず、ウイルス阻害と免疫増強の予想される相乗効果に基づいて、ファビピラビル(アビガン)とインターフェロン-αの有効性を評価するための試験が開始されました。実際に、2020年3月に臨床試験で副作用が最小限の有効性が実証されたため、ファビピラビル(アビガン)は中国で最初の抗COVID-19薬として中国国家医療機器局によって承認されました。
1-2. ウイルスプロテアーゼ阻害剤
1-2-1. イベルメクチン
1-2-2. ロピナビル・リトナビル
アスパルチルプロテアーゼは、HIVの前駆体ポリペプチドを切断するヒト免疫不全ウイルス(HIV)のpol遺伝子によってコードされる酵素であり、複製サイクルで重要な役割を果たします。HIVプロテアーゼ阻害剤であるロピナビル・リトナビルは、HIV治療薬として組み合わせて使用されます。コロナウイルスはプロテアーゼの異なる酵素クラスであるシステインプロテアーゼをエンコードしますが、ロピナビルとリトナビルもコロナウイルス3CL1proプロテアーゼを阻害するという理論的証拠が存在します。さらに重要なことに、SARSとMERSで行われた多くの臨床、動物、およびin vitroモデル研究は、それぞれのウイルスに対して効果的であることを証明しました。ロピナビル・リトナビルの併用は、軽度から中等度のCOVID-19の患者を対象とした臨床試験を行なっていましたが、良好な結果は得られませんでした。重度のCOVID-19の患者に対して行われた別の試験でも有益性は確認されませんでした。
1-3. ウイルスと細胞膜の融合阻害剤
1-3-1. 組換えヒトアンジオテンシン変換酵素2(APN01)
可溶性組換えヒトアンジオテンシン変換酵素2(rhACE2)は、Sタンパク質が細胞のACE2と相互作用しないようにブロックすることにより、新型コロナウイルスの侵入をブロックすると予想されます。実際、最近の研究では、rhACE2が細胞および胚性幹細胞由来のオルガノイドにおける新型コロナウイルスの複製を1,000〜5,000倍阻害することが報告されています。組換えヒトアンジオテンシン変換酵素2(rhACE2)の投与は、基質を関連酵素であるACEから遠ざけることにより、アンジオテンシンⅡの血清レベルを低下させることができると考えられています。前述のように、これはACE2受容体のさらなる活性化を妨げ、それによって肺血管の完全性を維持し、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を防ぐことができます。APN01は既にARDSの第II相試験を受けています。中国での小規模なパイロット研究では、特に急性呼吸窮迫症候群の治療として、COVID-19肺炎におけるrhACE2の生物学的および生理学的役割を評価しています。その後、静脈内APN01の安全性と忍容性を評価するためのプラセボ対照試験、二重盲検試験、用量漸増試験を開始しました。アンジオテンシンIIおよびアンジオテンシン1-7の血漿中濃度を測定することにより、潜在的な薬物によって妨害されるバイオ製品、COVID-19肺炎におけるrhACE2の生物学的および生理学的役割を評価できると考えられています。
1-3-2. ヒドロキシクロロキン
よく知られている抗マラリア剤および抗自己免疫剤であるヒドロキシクロロキンは、ウイルスと宿主細胞間の膜融合に必要なエンドソームpHを上昇させることにより、ウイルス感染をブロックすることもできます。さらに、その細胞受容体であるACE2のグリコシル化を妨害することにより、SARSコロナウイルスの複製を特異的に阻害できることが報告されています。最近の研究によると、新型コロナウイルスの複製も効果的に低減できることが明らかになりました。これらの知見を踏まえ、多くの臨床試験が中国で迅速に行われ、ヒドロキシクロロキンがCOVID-19関連の肺炎治療にさまざまな程度で効果的であることが実証されました。同様に、フランスの小規模な臨床試験では、ヒドロキシクロロキンとアジスロマイシンを併用することでプラス効果が確認されました。この証拠を受けて、米国FDAは、ヒドロキシクロロキンを使用して米国でCOVID-19を治療するための緊急使用許可を発行しました。しかし、最新の研究で、重度のCOVID-19を有する11人の患者の治療に対するヒドロキシクロロキンとアジスロマイシンの組み合わせが臨床的有益性を見出されなかったことは衝撃的な結果です。
1-3-3. 塩化アルビドール
ロシアと中国により承認されたアルビドールは、インフルエンザウイルスおよびアルボウイルスに対する侵入阻害剤です。インフルエンザウイルスの表面にある主要な糖タンパク質であるヘマグルチニン(HA)を標的とするアルビドールは、エンドサイトーシス後のウイルス膜とエンドソームの融合を防ぎます。現在、単剤での試験が行われています。しかし、アルビドールとアビガンを比較した臨床試験では、アビガンが治療結果においてはるかに優れていることが示されました。
2-1. 自己免疫システムを強化する治療法
2-1-1. ナチュラルキラー細胞
COVID-19による死亡率が特に高いのは高齢者です。これは、年齢による免疫系の弱体化が原因と思われます。したがって、自身の抗ウイルス免疫応答を高めることを目的とした治療法は大きな可能性があります。ナチュラルキラー(NK)細胞は、ウイルス感染の際に迅速に応答する自然免疫システムの重要な構成要素です。以前の研究では、NK細胞とマクロファージの肺移動がSARSコロナウイルスのクリアランスに重要な役割を果たすことを示していました。CD8陽性のT細胞と抗体の助けによって自然応答自体がサイトカインとケモカインの産生を増加させ、SARSコロナウイルス感染を抑制することができます。NK細胞による治療がCOVID-19肺炎に効果的かは、中国での第I相試験(2020年末に終了予定)の結果でわかります。
いくつかの企業は、抗がん剤NKベースの製品をCOVID-19治療に転用することを目指しています。その中には、韓国のGreen Cross LabCell社と米国のKleo Pharmaceuticals社が共同開発した製品があります。また米国のCelularity社は、胎盤造血幹細胞由来のNK細胞CYNK-001を開発しました。
2-2-2. 組み換えインターフェロン
I型インターフェロンはウイルス感染細胞から分泌されます。単独または他の薬物と組み合わせて使用すると、HCV、呼吸器合胞体ウイルス、SARSコロナウイルスおよびMERSコロナウイルスに対して幅広い抗ウイルス効果を発揮します。試験は現在、COVID-19肺炎の治療における安全性と有効性に焦点を合わせて行われています。
2-3. 炎症反応を弱める治療法
2-3-1. 間葉系幹細胞
間葉系幹細胞(MSC) は、炎症誘発性サイトカインを減少させ、組織を修復するパラクリン因子を生成することにより、抗炎症機能を発揮することが証明されています。前臨床の結果はMSCが内皮透過性を回復するだけでなく、炎症性浸潤を減らすこともできることを示しました。MSCの免疫調節効果は鳥インフルエンザウイルスで証明されていますが、COVID-19肺炎における効果はまだ評価中です。
2-3-2. 静脈内免疫グロブリン
静脈内免疫グロブリン(IVIG)は、神経学、皮膚科、リウマチ学の分野で広く応用されています。IVIGは用量依存的に免疫システムにさまざまな影響を及ぼします。一般的に、低用量IVIG(0.2-0.4 g/kg)は抗体欠損症の代替療法として使用されます。高用量IVIG(最大2 g/kg)は炎症細胞の増殖抑制、食作用の阻害、抗体依存性細胞毒性の妨害などの免疫調節機能を示します。現在の試験は、低用量IVIGの補足効果に焦点を当てています(5日間:0.5 g/kg)。
2-3-3. 新型コロナウイルス特異的中和抗体
抗体によって媒介される体液性免疫応答は、ウイルス感染を防ぐために重要です。したがって、新型コロナウイルスの表面に特異的に結合する中和抗体の開発は、COVID-19を標的とするためのより特異的な治療法であるにもかかわらず、開発には長い時間がかかります。カナダと米国は、新型コロナウイルスに感染した患者から中和できる機能性抗体を共同開発しています。中和抗体開発のために、彼らはCOVID-19から回復した患者から最も効果的な抗体を見つけるために500万個以上の免疫細胞をスクリーニングし、候補となる抗新型コロナウイルス抗体の配列を500以上特定しました。このようなアプローチは時間と労力をとても必要としますが、西ナイルウイルスに対する特異的な機能性抗体を製造することに成功していることは心強いことです。
2-3-4. 抗C5aモノクローナル抗体
急性肺損傷で補体活性化が実証されているので、C5から切断された生理活性分子であるC5aは、組織損傷の完全な進行に関与しています。C5aの役割には、好中球とTリンパ球の動員、および肺血管透過性の増加が含まれます。抗C5a治療は、肺胞腔への血管漏出および好中球流入を減少させることにより、肺損傷を軽減できることも証明されています。したがって、Beijing Defengrei Biotechnology社によって発売されたBDB-1、およびBeijing Staidson Biopharma社とInflaRx社によって生産されたIFX-1は、炎症反応の基礎を標的とする抗C5aモノクローナル抗体であり、新型コロナウイルス感染症によって引き起こされた肺損傷のレベルを弱めると予想されます。
2-3-5. インターロイキン-6(IL-6)経路の遮断薬
2-3-6. サリドマイド
最近、サリドマイドは抗血管新生剤、抗炎症剤、および抗線維症剤として再出現しました。TNF-αの合成を減少させることにより、サリドマイドはクローン病やベーチェット病などの複数の炎症性疾患の治療薬として使用されています。さらに、前臨床試験では、サリドマイドが炎症性細胞の浸潤と炎症誘発性サイトカインの産生を減少させることにより、H1N1感染マウスの治療に効果的であることが証明されました。現在の研究は、新型コロナウイルスに対する過度の免疫応答によって引き起こされる肺の損傷を軽減できる免疫調節効果に焦点を当てています。
2-3-7. メチルプレドニゾロン
先に述べたように、全身性グルココルチコイドはウイルスのクリアランスを延長する可能性があるため、現在、新型コロナウイルス感染症には禁忌です。しかしながら、COVID-19肺炎の根本的な病因は、ウイルスによって引き起こされる直接的な損傷と宿主からの過剰な免疫反応の両方で構成されることも知られています。したがって、メチルプレドニゾロン投与が不要な免疫反応の抑制に役立つかどうかは議論の余地があり、その有効性と安全性を調査する研究が開始されました。
2-3-8. フィンゴリモド
フィンゴリモドは、主に難治性多発性硬化症の治療に使用される経口免疫調節剤です。構造的に脂質スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)に似ていることにより、フィンゴリモドは、リンパ節T細胞におけるS1P1受容体の非常に強力な機能的アンタゴニストとして機能することができます。効果的な結合により、S1P1受容体が内在化され、その後リンパ節T細胞が隔離されます。Tリンパ球の肺への流入の減少は、制御されていない免疫病原性を弱める別のアプローチです。
3. 対症療法
ベバシズマブ
上昇した血管内皮増殖因子(VEGF)レベルは、急性呼吸窮迫症候群の患者で観察されます。VEGFは、内皮損傷を誘発し、微小血管透過性を増加させるメディエーターとして機能します。複数の種類の癌の治療に広く使用されている組換えヒト化モノクローナル抗体であるベバシズマブは、VEGFへの特異的結合によって血管新生を遮断することができます。現在進行中の試験では、新型コロナウイルス感染症を治療するためのユニークなアプローチとしてベバシズマブの有効性が評価されています。
4. ワクチン
ワクチンの開発は、将来のCOVID-19の発生を防ぐためのより長期的な戦略です。新型コロナウイルスのゲノム解析により、主にSタンパク質コーディングシーケンスに基づいて、複数の核酸ベースのワクチン候補が提案されています。
4-1. mRNA-1273
2020年1月上旬、COVID-19肺炎の発生直後、新型コロナウイルスのゲノム配列が決定されました。ModernaのmRNA-1273は、融合前に安定化されたウイルスのスパイクタンパク質をコードするmRNAの合成鎖です。人体への筋肉内注射後、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質に対して特異的に抗ウイルス応答を誘発すると予想されます。さらに、不活性化された病原体または生きている病原体の小さなサブユニットから作られる従来のワクチンとは異なり、脂質ナノ粒子カプセル化mRNAワクチンの合成にはウイルスは必要ありません。したがって、比較的安全にテストの準備ができます。mRNA-1273がヒトにとって安全であることが判明し、第I相試験に合格した場合、その有効性の連続評価が直ちに行われます。
4-2. INO-4800
INO-4800は、米Inovio Pharmaceuticals社が開発したDNAワクチン候補です。ModernaのmRNA-1273と同様に、INO-4800も遺伝子ワクチンであり、ヒトの細胞に送達され、タンパク質に翻訳されて免疫応答を誘発します。従来のワクチンと比較して、遺伝子ワクチンは製造コストが低く、精製が簡単です。核酸のシンプルな構造はまた、組換えタンパク質に基づくワクチンに発生する可能性があり、誤った折りたたみのリスクを未然に防義ます。しかしながら、送達されるプラスミドの量と適切な投与間隔および投与経路は、遺伝子ワクチンの免疫原性に影響を与える可能性のある要因です。
4-3. ChAdOx1 nCoV-19
オックスフォード大学によって開発されたこのワクチンは、非複製アデノウイルスベクターと新型コロナウイルスのSタンパク質の遺伝子配列で構成され、第I/II相臨床試験を開始しています。宿主におけるアデノウイルスの非複製の性質は、それを基礎疾患に持つ子供および個人において比較的安全にします。さらに、アデノウイルスベースのベクターは、新型コロナウイルスのACE-2受容体を発現する2つの主要部位である呼吸器および胃腸上皮の両方をカバーする広範囲の組織向性を特徴とします。しかしながら、導入遺伝子ではなくベクター遺伝子に対する優性免疫原性の可能性は常に考慮されるべきです。
4-4. 安定化サブユニットワクチン
エンベロープウイルスは、感染する際にウイルス膜と宿主細胞膜との融合を必要とします。このプロセスには、ウイルス糖タンパク質の融合前の形態から融合後の形態への構造変化が含まれます。融合前の糖タンパク質は比較的不安定ですが、強力な免疫応答を引き出すことができます。したがって、オーストラリアのクイーンズランド大学は、分子クランプ技術に基づく安定化されたサブユニットワクチンを開発中です。これにより、組換えウイルスタンパク質を融合前の状態で安定に維持できます。以前開発したインフルエンザウイルスとエボラウイルスに適用した分子クランプワクチンは、中和抗体の産生を誘導することを証明しています。彼らはまた、37°Cで2週間後も強力であったと報告しています。
4-5. ナノ粒子ベースワクチン
ナノ粒子ベースのプラットフォームは、抗原を組み込むための代替戦略です。カプセル化または共有結合機能化により、ナノ粒子は抗原性エピトープと結合し、ウイルスを模倣し、抗原特異的リンパ球の増殖とサイトカイン産生を誘発します。さらに、鼻腔内または経口スプレーによる粘膜ワクチン接種は、粘膜表面での免疫反応を刺激するだけでなく、全身反応を誘発することもあります。これは、全身症状を引き起こす呼吸器ウイルスから人間を守るナノ粒子ベースのワクチンの可能性を示しています。米Novavax社はコロナウイルスSタンパク質に由来する抗原を使用して、ナノ粒子ベースのワクチンを製造しています。タンパク質はバキュロウイルス系で安定して発現しており、この夏に第I相試験に入ることが期待されています。
4-6. 病原体特異的な人口抗原提示細胞
抗原特異的T細胞はウイルス感染と同様に癌細胞を根絶することができるという知識に基づいて、ウイルス抗原特異性を備えた大量のT細胞をタイムリーに生成することは、新型コロナウイルスの感染予防に役立つかもしれません。大量のT細胞を生産する効率的な方法には、エフェクターT細胞を活性化できる適切な抗原提示細胞と、対応するエフェクターである細胞傷害性T細胞の分化と増殖が含まれます。
引用文献: